エジソンの影に隠れた天才発明家 ニコラ・テスラ - Nikola Tesla

テスラの失業と起業そして最期

エジソンから独立し、行き場のなくなったテスラは 、エジソン電灯会社を退職後の約2年後の1887年に自らの手で会社を設立した。それがテスラ電灯社である、そして同年には独自に交流による電力事業を推進し交流電源特許を受諾される。

因みに、同年エジソンは白熱電灯の特許を獲得している。

翌年の1888年にはアメリカ電子工学学会でデモンストレーションを行い感銘を受けた、ジョージ・ウェスティングハウス・ジュニアから100万ドルの資金提供を受け、さらに特許の使用料を得ることとなる。

テスラの特許、交流発電機はナイアガラの滝エドワード・ディーン・アダムズ発電所に設置され同年に循環磁界を発見し超高周波発生器を開発するもウェスティングハウス社との関係がうまくいかず、テスラは孤立してしまいこちらも1年で離れることとなってしまう。

1891年には100万ボルトまで出力可能な高圧変圧器テスラコイルを発明する。

1893年に無線トランスミッターを発明。

同年、ウェスティングハウス社が構築した電源システムをシカゴ万博会場内の電気供給に使用し、交流の優位性を示した。

1898年に点火プラグの米国特許を取得。

無線操縦特許を取得し、無線操縦船舶模型をニューヨークマディソン・スクエア・ガーデンで実演。

1901年、ロングアイランドのショアハムに無線送信塔【ウォーデンクリフ・タワー】を建設開始しするも、1905年には完成するしかし、支援者との関係が悪化し資金が足りずに研究を中断する。その後アメリカが第一次世界大戦に参戦すると、標的になってしまうとして1917年に撤去された。

1916年、テスラは米国電気工学協会エジソン勲章の授与対象になり一度は辞退するが再考後、勲章を受章する。

1943年、ニューヨーカー・ホテルで死去する。

彼の莫大な発明品や設計図はFBIの押収後に複製されて母国に返還された。

現在、ニコラ・テスラ博物館に保管され、2003年にはユネスコ記憶遺産に登録されている。

皆様もご存知かとお思いますが、彼は世界的実業家のイーロン・リーヴ・マスクである。

2003年アメリカシリコンバレーを拠点としてCEOイーロン・マスクのもとテスラ(Tesla, Inc.)は誕生しました。

イーロン・マスクはテスラをリスペクトしており、この名を付けたとのことです。

そんなイーロン・マスクにもいろいろと気になる点があるのでそれはまた別の機会にお話し

したいと思います。

コメント

タイトルとURLをコピーしました